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ペット葬儀は飼い主のため?

ペット葬儀は飼い主のため?

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こんにちは。今日は私がいつもペット葬儀のために建宗寺まで来てくださったときによくお話しをすることをお伝えさせていただきます。「ペット葬儀」だけではもちろんなく「供養」というものはもちろん大事な家族の一員であったペットや、家族や友人といった故人様をお見送りする大切な儀式です。そしてそれと同時に残された方にとっても尊いお時間でもあります。私たちのもとに来て下さる飼い主様の多くは涙を流されます。来てくださった後も突然さみしくなってしまったとご連絡をくださる方も中にはいらっしゃいます。それだけ、大きな存在であったペットや家族が亡くなったときの悲しみは並大抵のものではないと思います。それを、自分自身が後悔なく「見送ることができた」と思う供養を受けることが出来たら悲しみも少しは落ち着くのではないでしょうか。また、供養の時間は決してネガティブだけのものではありません。家族で故人様、ペットを囲み想い出話に花を咲かせる幸せなひと時でもあります。ぜひ、ペット葬儀の際には「ありがとう」などの感謝の言葉をかけてあげてください。仏教の言葉からも少しお話しをさせていただきます。皆様も一度はお聞きしたことがあると思いますが、「諸行無常」という言葉があります。簡単にご説明させていただくと「この世に存在するすべてのもの、事は同じ状態ではなく移り変わり、永遠に同じなものはなにもない」というような意味合いの言葉です。お釈迦様が残した言葉とされており、仏教のおおもと、大事な考えの3つの言葉である三法印の1つでもあります。諸行無常の意味を聞くと当たり前じゃないかと思う方もいるかもしれません。しかしながら、日常から「世の中は無常だな」と感じながら生きている方は少ないのかなという印象をもっています。供養の時間、葬儀の時間というのは違います。「死」というものが間近に感じる時間であるからこそ、この「諸行無常」を感じることが出来ます。この無常というものを感じることが出来たとき、今自分が生かされていることのありがたさ、周りの方がいて、支えてくださること、食事や今ある生活は決して当たり前ではないこと肌で実感することが出来ます。それにより「死」を通して「生」がより尊い方へ導かれるでのないか、供養はそのためのお時間でもあるとおもっています。ですので、タイトルにもある通り「ペット葬儀」は飼い主様のためでもあるということです。基本的には、仏教に限らず、宗教というのは「どう生きるか」を説いた学問のようなものです。供養を通して教えの部分にも触れていただけたら、より特別なお時間になると思います。また今後も仏教のお話しもさせて頂きます。先程ご紹介させていただいた三法印の別の言葉もご紹介しますのでよかったら読んでみてください。実は私自身、この世界に入らせていただくまで恥ずかしいことではありますが、全く宗教というものに興味がありませんでした。学生の頃からお寺の手伝いなどはしておらず、修行に入るまで無縁の状態でしたが、修行に行き仏教に触れてからというもの毎日を充実した気持ちで迎えることができています。本当に紙もペンもない紀元前から令和になった今でも教えが残っているという現実が物語っているようにものすごく大きな力があると思います。もしかしたら私自身が一番仏教に救われた人間なのかもしれません。ですので、ペット供養におみえになった方、もちろん大事な家族の場合でも同様ですが、お経だけではなく、仏教の教えの部分も伝え、なにか感じていただけるよう精進して参ります。少し話がそれてしまいましたが、そんな教えも含めて供養というお時間を飼い主様にとってもより特別で尊いお時間になることを祈っております。