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建宗寺ブログ

お墓・納骨とは?

樹木葬

そもそも「お墓・納骨」とはどうあるべきか

そもそも、お墓・納骨とはなんでしょうか。お墓・納骨について悩まれる方は少なくありません。

おすすめされたお墓でよいのか
何が違うのか
そもそも必要なのか
なぜお墓に入れなければならないのか…。
残念ながら今、お墓というものは商売的な都合で進められてしまうことが多く、

そもそも正しい納骨やご供養に繋がるものではないケースが少なくありません。

なぜなら、墓石を作っている石材店が主導で進めてしまうからです。

本来は、お坊さんがアドバイスすべきところです。

実は、そもそもの部分で重要なことが多くの場合忘れられてしまっています。

お墓は最終的にお骨を収める場所です、つまり「納骨」をする場所です。

この「納骨」についての、大事な伝統的な原則が守られていないことが、少なくないのです。

ただしく納骨をしないと、ご供養にも繋がりません。

後悔ないお墓を建てたい方、わからないことががあればいつでも建宗寺までご相談ください。

感謝

ペット葬儀

ありがたいことに毎月、建宗寺にペット葬儀をお願いしてくださる方がたくさんいらっしゃいます。「ここまで手厚く供養してくださってよかったです」、「最期に後悔なくお別れを言うことが出来ました」、「建宗寺さんにお願いして心からよかったです」など多くのお言葉をいただきました。その言葉を頂くたび、私たちもありがたい気持ちにさせていただいています。また、それと同時に感じることもあります。

私たちのもとには多くの飼い主様から後悔の声もいただきます。「ペット供養で、もっときちんと送ってあげたかった」、「建宗寺さんのように人と同じように葬儀したらよかった」などです。まだまだペット供養業界は課題も多くあります。その中でも私たちは、時間がかかっても個別での葬儀にこだわり、家族の皆様とどう向き合うかということを大前提としています。ですので、多くの飼い主様から「ありがとう」をいただくたび、もっとこの業界全体で少しでも飼い主様が後悔ない見送りをできなければならないと力不足を感じます。これからより多くの飼い主様のお見送りをお手伝いできる寺院、業界にしていく所存であります。

これまで多くの飼い主様、建宗寺にご依頼ありがとうございます。これからも供養に限らずお困りのことがありましたらいつでもお越しくださいませ。

供養の意味 ~四十九日編~

お寺葬儀, ブログ

四十九日までの間に七日毎の法要があります。
最初の初七日を「初願忌」といい、「故人の恩に報いるため、残された私たちで仏の教えに努めよう」という誓いです。その後の二七日を「以芳忌」といいます。芳という字は故人の生前の素晴らしい行いや積まれた徳を表していて「故人の今生も良い面を引き継く」という誓いになります。三七日は「洒水忌」といいます。水で洗い清めるという意味です。「もっとああしておけば、どうして死んでしまったのか、後悔の残らないように洒水をする戒めのタイミングになります。四七日は「阿経忌」といいます。阿とは従うということです。仏の教えに従うという誓いです。五七日は「小練忌」といいます。練とは気持ちの整理の度合いを表しています。故人の死を深く背負い続けるのではなく、すべての命が死を迎えることをきちんと理解をしましょうという教えになります。六七日は「檀弘忌」といいます。檀は施しのこと、弘は広くという意味になります。故人の死から教えてもらったことを踏まえ、多くの人に「人の悲しみがわかり、優しい人間であれるように」という誓いです。最後の七七日、四十九日と同じときですが、「大練忌」といいます。しっかりと気持ちの整理がつき、忌明けを迎えた旅立つ故人に感謝で送る日になります。また、百か日、約三か月ちょっとのタイミングを「卒哭忌」といいます。卒は終える、哭は声をあげて泣くということです。
百か日には声をあげて泣くことを終えて、故人の為、自分の為に人生をよく生きてください」という日です。
今ではこの法要を七日毎に行う家庭もかなり減りました。しかし、忘れないで欲しいこと大事にして欲しいことは、中身を理解することで故人、自分とどう向き合うかだと思います。時代がいくら変わっても「自分」という存在が父親、母親、おじいちゃん、おばあちゃんとつないでもらって今があること。「人間」という存在が他の生物からエネルギーを頂きこの環境で共存していることは変わりません。故人も生前、生きていることが「当たり前」の存在であったと思います。そんな当たり前が死を迎え今日という日を迎えています。「今」という時間、「当たり前」を「当たり前」と思わず感謝や施しの精神をもてるか。四十九日までに至るまでには、そこに気付き故人への想いを表現するプロセスがあります。
それは決して故人の為だけではありません。残された皆様にとってそんな当たり前に気付けたとき今までとは違った景色が見えると思います。隣にいてくれる方、日々食べる食事、何気なく使っている携帯電話など。そんな一つ一つのものから感謝出来るようになると毎日が晴れやかな気持ちで過ごすことが出来ます。「幸せ」とはやっかいなことに「見つけられる人」しか見つけられません。故人から教えてもらった今という尊さに気付き改めて「ありがとう」と伝えましょう。

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